01 黒の裏側
ユーラリナ地方近辺に、テクタイトという島がある。
ここのとある学校で、今まさに卒業式が行われている。
「皆さん、いよいよ卒業ですね…」
校長先生の長ーい話に、ピカチュウもといコロナは、大欠伸で返事をしてしまいそうになった。
とりあえず、暇潰しにクラスメイトの顔ぶれを観察(卒業式だというのに何というテキトーさ!)。
もともと生徒数の少ない学校なので(故にクラスは1、2組ほど)、卒業生はもちろん、在校生の顔もみんな知ってい人ばかりだ。
その中で一際目を引いたのが、不自然なほど目の黒いイーブイ。
去年も廊下で何度かすれ違ったりはしているが、あまり話したことはない。一回、運動会の準備で一緒になったことがある。おっとりしていて話しやすかったが、その時は特別何も思わなかった。
しかし、最近は違う。
コロナは、彼女の黒目に違和感を持った。
(あの子に、あの目は似合わない)
そうも思った。なぜかは知らないが。
その時、彼女と目があった。向こうが少し驚いたような表情でこちらを見てきたのだ。
(やっべ!)
慌てて目をそらす。まじまじ見られていたのに気づかれたのだろうか。
そういえば、あの子の名前を覚えていない。ていうか知らない…
帰り道。この学校とも、今日でお別れだ。
「…ん?」
何か視線を感じた。
見ると、さっきのイーブイだ。
(まずい。式中ずっと見てたから嫌がられた?!てことはこの後文句でも言われるのか?!)
か弱い少女を前に女々しいコロナに、歩み寄った彼女が放った言葉…
「その目、綺麗だよね」
「…え?」
目。コロナの目は、一般的なピカチュウと比べると赤い。
だが、目の色なんてそれこそ十人十色…いや、十匹十色だ。中にはオッドアイなんて人もいて、それさえほとんど特別扱いされない。
「私の目、変な色だから。なんか、羨ましいなって…。そしたら、卒業式で君がこっち見てるから、何見てるのかなって…」
あぁ、そういうことか。とりあえず、文句を言われる訳じゃないことに安心した。
「いやでも、黒目もいいんじゃない?変って言われるような、色、じゃあない、よ」
色単体ならの話だが。コロナに言わせれば、彼女と組み合わせると少し変だ。
「…違う」
「え?」
小さい声で、彼女が言った。
「これは、違うの…私の目、黒くない」
いや、どう見ても黒いです。不思議なほど。そう言いたいのを押さえて聞いた。
「どういうこと?」
「………」
すると、彼女は後ろを向いた。と思ったら、すぐにこっちに顔を戻した。
「…あれ?」
黒くない。目が黒くないのだ。
それは、驚くほどきれいな桃色だった。たぶん、今まで見たことがない。
「…今までずっと、隠してたんだ。私、あの学校に入学する前、アミナ地方にいたんだけど、この目が不気味がられたから。ここでも、みんなが怖がらないように隠してたんだけど、もう卒業だし、一人にぐらいイイかなって…」
「…いいけど、何で俺?一応おま…君にも仲のいいダ…友達がいたじゃん。そいつらでもよかったんじゃ?」
「だって、突然『私の目は黒色じゃなくて桃色です』なんて言うタイミング逃しちゃったんだもん。それに、どうせなら、自分と同じ目の色が違う人がよかったから…コロナ君の目とはかけ離れてるけど」
そんなこと無い、とも言いたかったが、それ以前に名前を覚えててもらったことに驚いた。
そもそも、自分の名前を名乗ったかどうかすら明確でない。そして名乗られたかも。
(…しかし普通の桃色とは思えんな…)
なんて考えてると、彼女がふふっと笑い出した。
「もしかして、この目が普通じゃないって思ってるんでしょ?」
「な、なぜばれた!!」
「だって、君の考えてることは大体顔に出るんだもん。昔からそうだよね」
そうそう、昔ッからそれで損したりも…あれ?
「何で知ってるの?!」
「よく見るもん」
(俺はお前のことほとんど見ないのに?!)
文字通り目玉が飛び出しそうだ。なんてぽかんと口を開けていたら、また笑われた。
「ぐぬぬ…」
怒りとも恥とも悔しさとも言い切れぬ感情が、コロナを襲う。
決めた。こいつは今日から俺のライバルだ。異論は認めん。
「まあ、実際私は普通じゃないけどね」
「? どう見ても普通…じゃないか」
彼女は、目の近くに手を当てて言った。
「私、力を持ってるの」
「チカラ?」
最初それを聞いて思い浮かんだのは、道の真ん中を転がっているゴローニャを、彼女が軽々投げ飛ばすシーン。
「念のため言っておくけど、力って言うのは筋力とかエネルギーとか、そう言うのじゃないからね?」
「あ。そ、そりゃそうだろうなぁ!」
慌てて言い返すが、たぶん彼女にはお見通し。
「それで、その力を恐れた両親は、私を捨てた。最後に、このどんぐりを私に渡して」
確かに、左耳のリボンにどんぐりが付いている。
「でさ、それってどんな力なんだ?天候を自由に操れるとか?時空移動とか?!」
「ん~、それがさ、わからないんだ。使ったことないし」
そっか、とコロナ。
「…でも、ありがとう。コロナ君みたいな人がたくさんいれば、今のままでもここに住めるよ」
「え?あ、うん…」
『ありがとう』
感謝されるようなことをした覚えはない。
「私たち、良い友達になれそうだね」
「友達なら、お互いタメ口だろ?俺のことはコロナって呼べよ。…あ、お前の名前は?」
「ラッテ。よろしく」
「あぁ」
交わした握手。これが始まりなんだ…